忍者ブログ

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

【サンジ】malediction

弾む息を無理矢理押し殺した。路地裏の物陰から通りを盗み見ると、ひどく憤慨した男たちがまだ私を探している。

「おい、見つけたか?」
「いや、いねェ」
「くそ!あのガキ、海賊から泥棒しようなんざいい度胸してやがる」
「あっちの方を探してみよう!」

……なんとか撒けたみたい。遠ざかっていく男たちの姿を確認し私は漸く安堵の息を吐く。
こんな筈じゃなかった。いつもスリをする時は無難な一般市民をターゲットにするのに、まさか偶々狙ったアイツらが海賊だったなんて。顔が広くないってことは手配書にも載っていない無名の海賊なんだろうけど。それでも戦闘術を持ち合わせていない私がまともに対峙して勝てる相手ではないだろう。
ともあれ、上手く逃れることができたのだから結果オーライだ。海賊なんだし悪行三昧で巻き上げたお金も沢山持っているだろう。そんな期待を胸に早速盗んだ財布の中身を拝借しようとポケットに手を伸ばすのだけれども……ない。盗んだ筈の財布がない。

「しまった…逃げてる最中に落としたか…」

一気にやるせ無くなり壁に背を擦り付けズルズルと力なくへたり込む。迂闊だった己への当てつけか、それともツキにとことん見放されていることへの嘆きか、つい先ほど安堵の溜息を吐いた口から出たのは重い溜息。極め付けにお腹の虫まで情けない声を上げた。

拍手[1回]


「お腹空いたな…」

もう三日も何も食べていない。
何気なしに上を見上げれば建物の隙間から紺碧の狭い空が此方を覗きこんでいた。月は…やっぱり見えなかった。けれども視線を下に戻せば月の代わりに光るものが一つ、二つ…最早数えるのも面倒だ。どうやらここは野良猫たちのテリトリーらしい。幾個もの光る目玉が不法侵入者である私を睨んでいる。
なんなの、仲間がいるからって偉そうにしちゃって…ムカつく。
猫も、魚も、虫も、人も、どうして生物は皆群れを作りたがるのだろう。誰かと一緒にいても損するだけなのに。得たお金はすぐに無くなるし、食糧だって自分の食べる分が減るし。
だからお父さんとお母さんは私を捨てたんでしょ?
ああ、まただ。お腹が空くといつも思い出してしまう。お父さんとお母さんのこと。
ずっと昔、初めて家族三人でレストランに行ったことがあった。あの時食べたフワフワの玉子が上に乗ったご飯、美味しかったなぁ。あんなにあったかくて舌がとろけるような食べ物を口にしたことなんか生まれて初めてで、私はすごく幸せな気分になった。いつも怖い顔で私を叩くお父さんも、それを見て泣いているお母さんも、その日は二人とも珍しく笑っていた。だからアレはきっと食べたら幸せになる魔法の食べ物なんだ。ああ、もう一度食べたいなぁ…。
レストランに行った帰りの道中で私は知らない島に置き去りにされた。
一人ぼっちで心細いし、夜になれば暗くて寒い。勿論お腹だって空いてくる。昼間の楽しかった時間がまるで嘘のように私は絶望の淵に立たされていた。
だけど、思いついたの。あのフワフワの玉子が乗ったご飯を食べたらまた幸せな気分になれるかもしれないって。だってアレは魔法の食べ物だもん。
その一心で私は早速不格好な筏を作り、漁師のおじさんの目を盗んでくすねたコンパス片手に海へと出たんだ。
でもダメだった。折角お父さんとお母さんの元に帰って来たのに、ケチャップ色に染まった肉は見た目よりもずっと硬くて冷たいし味だって生臭くて鉄の味しかしない。
おかしいなぁ…。レストランでお父さんとお母さんも私と同じやつを食べていたのに、それなのにどうしてあの味がしないんだろう?
結局、いたずらに食べ残した肉塊と噎せ返るような血の臭いが部屋を満たしただけで私のお腹と心が満たされることはなかった。その上、空腹になるとまるで呪いのようにあの厭な味が私の口の中に蘇るようになってしまった。
今だってそう。気がつけば私は舌を歯で撫ぜて再発する味覚を紛らわしていた。いつからか身に付いたそんな奇妙な癖をそのままに視線を隣へ移すと鋭い光はまだ私を威嚇している。
次はお前らを食ってやろうか。
しかし、そう心の中で脅した瞬間、獲物たちは一斉に路地裏を抜けて走り去って行ってしまった。もしかしてテレパシー?なんて馬鹿げたことを思ったのも束の間、

「こんな所に隠れていやがったのか」

「……!」

しまった。さっきの海賊に見つかってしまった。逃げようと咄嗟に立ち上がるも、いつの間にか前も後ろも挟まれてしまい逃げ道はない。どうやらこの状況、猫が逃げたのはテレパシーのせいじゃなかったことをガッカリしている場合ではなさそうだ。

「ったく、調子に乗りやがって。ガキだからって容赦しねェぞ」

すぐ後ろに佇む男に羽交い締めにされ自由を奪われたところで正面の男の容赦ない右ストレートが一発腹に入る。

「うっ…」

あっ気なくその場に蹲ると今度は重い蹴りが脇腹を襲い倒れ伏した私の上に男が馬乗りになった。

「俺たちを怒らせたらどうなるか、その身体にしっかり叩きこんでやるよ」

下品な笑みを浮かべながら男が私の服に手をかけ始める。

「いや!」

しかし抵抗しようにもガッシリと両手両足を抑えられていては為す術がない。
もうダメだ。諦めてギュッと目を瞑ったその時、

「ギャ!?」

という男の悲鳴と共に私の上に圧し掛かっていた重みと四肢を制御していた力が急に消えた。
一体何が起きたのだろう。
恐る恐る強く閉じた瞼を解放すると目前には気絶して倒れ込んだ男たち。そして、その中に佇む人影が一つ。

「ったく、レディに寄ってたかって酷いことしやがって。とんだクソ野郎だぜ」

暗くてその声の主の姿をハッキリ捉えることはできないけれど、吐き出された白い煙だけは闇に映えた。

「……誰?」

「あなたのナイトですマドモアゼル…って、なんだまだガキじゃねェか…あ、いやいや失礼。
 ガキでも立派なレディにゃ変わりねェな。さ、お手をどうぞプリンセス」

携帯灰皿に煙草の吸殻を押し込んだ後、片膝を付き恭しく手を差し出す謎の男。数人相手にたった一人で、しかも一瞬にして全員打ちのめすなんて…一体何者なんだろう?もしかしてこの人も海賊なのかな?でも助けてくれたんだ、少なくとも極悪人ではなさそう。

「ありがとう…」

差し伸べられた手に潔く自分の手を重ねる。よく見えなかった彼の顔が認識できたのは、さっきまで雲に隠れていた月が急に姿を現したからか、それとも私の手を引き寄せ立たせてくれた彼との距離が近いせいか…。
正直少し戸惑った。こんなに近くで誰かと目を合わしたのはすごく久しぶりだったから。
何だか怖くて、だからすぐに視線を逸らして微かに煙草の香りが残る体から咄嗟に距離をとった。

「おいおい、俺はあんなクソ野郎たちと違って
 嫌がるレディを無理矢理取って食いやしねェから安心しな。
 ま、襲われそうになった後じゃ警戒するのも無理ねェか。
 だが、もう夜も更けて一人で出歩くにゃ危険だぜ?
 下手なことはしねェと約束するから送っていってやるよ」

「いいです…帰るところないから」

「は?じゃあどうやって生活してるんだ?親は?」

「私、孤児なの」

その時、まるでタイミングを見計らったかのようにお腹の虫がまた情けない声で鳴いた。

「成程…帰る家もなければ食うものもねェと…」

「…………。」

お兄さん(顔が見えた時に若い男だと判断した)は新たに加えた煙草に火を着けると天を仰ぎながらまたさっきみたいに白い煙を吐き出した。暫く沈黙が続いていたからもう話は終わったのだろう。そう判断して私はとりあえずこの場を離れようと思った。海賊が熨されているようなこんな場所で一夜を過ごすわけにもいかないし。
けれども踵を返して歩き出そうとした時、頭に慣れない柔らかな感触を感じた。その感触の正体がお兄さんの掌であると理解したのは、ポカンと口を開ける私に「着いて来な」とお兄さんが微笑を向けた時だった。

****

そうしてやって来た場所は一隻の船が停泊している人気のない海岸だった。マストの上に括り付けられている旗には麦わら帽を被った髑髏のマーク。やっぱりこの人も海賊なんだ。もしかしたら私は騙されたのかもしれない。馬鹿だなァ、さっきよりももっと酷い目に遭うかもしれないのにのこのこ着いて来ちゃったりなんかして。
だけど、なんでだろう。無理矢理引っ張られてきたわけでもないし、寧ろ船へと真っ直ぐ向かう背中は私の二、三歩前を歩いていて、逃げようと思えば簡単に逃げられるのに私はそれをしなかった。それは目の前のお兄さんに対する根拠のない信頼感か、それとも、とうとう自棄になったか…どっちでもいいか。
そうして何の躊躇いもなく船上に足を踏み入れてしまったわけだけれども何故か案内されたのはダイニングルーム…?

「ほらほら、こちらへどうぞ」

そう言ってカウンターの椅子を引くお兄さん。上手く状況が読み込めないけれど、とりあえず促されるままにその自分の身長にそぐわない椅子に腰掛けてみる。足がブラブラ宙に浮いて何だか落ち着かない。そんな私を余所にお兄さんは今度は向かいのキッチンに立った。

「すぐ出来っからちょっと待ってろよ」

「待つ……って何を?」

そんな疑問をポツリと零すとお兄さんはすごく変な顔をした。何かいけないことでも言ってしまったのだろうか…。

「天然か?このプリンセスは。飯食わせてやるって言ってんだよ」

「どうして?」

「どうして…って腹空かした奴がいれば飯を食わす。それがコックだ」

変なの。そんなことしてもお兄さんにとってなんの得にもならないのに。

「何かリクエストはあるか?」

備え付けられた大きな冷蔵庫の中を覗きながらお兄さんが尋ねてきた。

「パンとか…?」

「そうじゃなくて料理でだよ。パスタとかハンバーグとかあるだろ」

「調理されたやつなんて小さい頃にお父さんとお母さんに
 連れてって貰ったレストランで食べた一度きりしかないから名前とか知らない」

「…じゃあ、こっちで適当に作る。何か嫌いなものとかあるか?」

「人間…」

「なんつーギャグセンスだ」

「…………。」

冗談を言ったつもりはないのだけれど。でもウケは良くないらしいからそれ以上何も言わないでおくことにした。

「そういやレストランに行った時はどんなもの食ったんだ?」

「フワフワの玉子が上に乗ったご飯。あ、あと中にエビとかイカも入ってた」

「よく憶えてるな」

「家族で出掛けた思い出なんてそれぐらいしかないから…。
 でも変なレストランだったなぁ。
 でっかいお魚が海に浮いてるようなレストランでね、
 コックさんたちは皆海賊よりおっかないの」

「へェ…そうかい」

包丁片手にまな板と向き合ったお兄さんの表情はよく見えなかったけれど、長い前髪に隠れきらない口の両端が上がっていたのは確かだった。
私たちはそれからいろんな話をした。お互いの名前や年齢、私が海賊の財布をスッたことがバレて追いかけられたこと、お兄さんが宴を抜け出して煙草を買いに行った帰りに襲われそうな私を見つけたこと。お兄さんはテキパキと要領よく手を動かしながらも私の話に耳を傾けてくれたり、時にお兄さん自身のことを教えてくれた。
そういえば、まともに人と口をきいたのも久しぶりだな。誰かと話すのってこんなにも楽しかったっけ。…ううん、きっとこれはまやかしだ。だって捨てられたあの時もそうだったじゃない。
楽しい時間なんて嘘のように消えちゃうんだ。
私はなんだか急に不安になった。

「ねェ、なんで私なんかに親切にしてくれるの?
 私にご飯作ったらお兄さんたちの分の食糧減っちゃうよ?
 減った分の食糧買い足したらお金だって無くなっちゃうし…」

飢えと貧困に苦しむお父さんとお母さんがいつもそう言って私を責めた。思い出したらほら、またあの味が蘇ってきちゃった。咄嗟に舌を歯で撫でるけれど、どれだけ強く撫でても厭な思い出は薄れてくれない。
その時、お兄さんが徐に手を振り上げた。私はぶたれると思って瞬時に目を強く瞑った。だけど、いつまで経っても思ってた痛みは襲って来ない。その代わり、頭にはさっきと同じ慣れない感触が降ってきた。それから少し髪の毛がクシャクシャと擦れる感触もした。

「食いてェと思う奴の為に無くなるんなら俺は本望だ」

顔を上げたらコバルトブルーの優しい瞳と目が合った。さっきは暗くて分からなかったけれど、お兄さんの瞳ってこんなにも綺麗な色だったんだ。不思議と今度は怖いと思わなかった。
そして

「お待たせしました、プリンセス」

目の前のカウンターに差し出されたのは湯気が立ち昇る美味しそうな料理の乗った大皿。

「あ……」

それはどこか見覚えのある料理。幸せになれる魔法の料理。

「オムライスだ」

「オムライス…」

遠い記憶にあるものと姿形何一つとして違わない。ああ、これだ。私がずっとずっと求めていたもの。
ねえ、どうしてお兄さんは私の欲しかったものを惜し気もなく与えてくれるの?オムライスだけじゃない。頭を撫でてくれる温かい手も、私の話に反応してくれる声も、包み込んでくれるような優しい微笑みも、本当はどれもずっと、ずっと欲しいと思ってた。
変なの…。ちっとも悲しくなんかないのに涙が止まらない。
スプーンで一口掬って口に運ぶとふわりと懐かしい味が口内いっぱいに広がった。

「どうだシュア、クソ美味いだろ?」

「うんっ…」

やっぱりこれは魔法の料理だ。私を縛り続けていた呪いから今、ようやく解放されたような気がした。
PR

プロフィール

HN:
新堂モラトリアム
性別:
女性
自己紹介:
当サイトは個人ファンサイトであり原作者様・出版社様・公式関係者様とは一切関係がありません。また著作権侵害を目的としたものではありません。公共PCからの閲覧、オンラインブックマーク、公式サイトとの同窓閲覧、中傷、荒らし、サイト内の文章や画像の無断転載や模倣等はご遠慮ください。閲覧は全て自己責任となりますので苦情は一切受け付けません。マナーを守って楽しめる方のみどうぞ。

NAME CHANGE

ブログ内検索

ご意見があればお気軽にどうぞ