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【花京院】Tasty

カチ、カチ、カチ、カチ、と無機質な音を立てペン先から顔を出す長い芯を、今度は白紙のノートに押し当て器用に引っ込めていく。そしてまたカチ、カチ、と芯を出しては同じように引っ込め、更にまたカチ、カチ、カチ、カチ、

「いつまでそうやってるつもりだい?」

その言葉を機に、放出された芯はペキっと力無く折れ、無意味な繰り返し作業は已む無く中断された。

拍手[6回]

しかし、僕の隣に座る彼女のやる気ボルテージがこれで上がったわけではない。その瞳は広げたノートの溝へと向かってコロコロ吸い込まれていく折れた芯をボンヤリと追っていた。
そんな彼女を横目に「どうしたものか…」と眉をハの字にして困り果てる僕の胸は、時機来る定期テストに対する不安でいっぱいだ。と言っても、自分の成績が不安だというわけではない。問題は隣で机と対面しているにも関わらず、開かれた教科書に一切手をつけようとしない彼女の方である。

エジプトでの長旅による学校の長期欠席は、出席点に多大な損害を与えたことはどうしようもない事実。ならば、進級に当たって自分たちに残された手は、テストでより多く点数を稼ぐ他ないのだ。少々、現実的すぎるだろうと思うかもしれないが仕方ない、これが現実なのだから。

しかし、自分で言うのも何だが、秀才である僕は良いとして、朱亜はというと勉強はハッキリ言って苦手。聞くところによると過去に赤点も何度か取ったことがあるとか…。因みにこの話を旅の最中、迂闊にも皆の前で暴露した承太郎は、忽ち朱亜からの強烈な右ストレートをお見舞いされていたが。

兎に角、このままでは本当に彼女が留年になり兼ねないので、心配で居ても立ってもいられない僕が直々に家庭教師を務めることにしたのだ。
とはいったものの、勉強嫌いの彼女を手懐けるには少々どころか、かなり骨が折れて、見ての通りこの様だ。

朱亜、自覚が無いのかもしれないけれど、君は今本当に崖っぷちなんだよ?
 このままじゃ君だけ進級できなくてお互い離れ離れになってしまう」
 

それでもいいのかい?と朱亜の顔を覗き込むと、それまでノートに挟まった芯を見つめていた彼女の瞳が此方を捉えた。

そういえば、こんなに近くで彼女を見るのはあの旅以来だ。旅からの帰還後は他人の関係に戻ったとまでは言わないものの、やはり四六時中一緒にいるわけでもないし、会話を交わす機会もあの時に比べれば随分減ってしまった。それは、旅を終えたと同時に彼女との距離が遠退いてしまったような気がして、何とも表し難い虚無感を感じていた。
だからこそ、今こうして彼女の瞳の中に自分の姿が映り込むほど互いの距離が近いという事実が、何だか嬉しいような、気恥ずかしいような気持ちを沸々とさせた。

しかし、そんな僕の気持ちなど朱亜にとっては知ったこっちゃないのだろう。相変わらずマイペースな彼女は僕から視線を外したかと思いきや、机の隅に寄せていた皿へと徐に手を伸ばし、2個に連なったチェリーを摘み上げた。それは、朱亜の母親が差し入れとしてお茶と共にもてなしてくれたものだ。

「ねえ、チェリーって数奇な運命だと思わない?」

「さあ…どうしてだい?」

内心浮かれた気分に浸っていた自分が言えたものではないが、深刻な話をしているというのに、これまた出し抜けたことを口にしたものだな。

僕には時々、彼女の考えていることが分からなくなる。今だって、ただの熟した赤い実を繁々と眺める横顔が、内にどんな想いを秘めているのか見当もつかない。
それほど彼女の価値観は独特なんだ。まあ、そこに惹かれているというのも否定できないのだけれど。

結局、僕の質問に答える気はないのだろうか。心ゆくまでチェリーを観察したらしい朱亜は、繋がっていた軸を分かつと、ご親切にも「はい」と片方の実を僕に差し出してきた。

「どうも」

正直、ずっと食べたかったからこれは嬉しい厚意だ。
僕は素直に受け取ったそれを何の迷いもなく口に運ぶと舌の上で転がし…おっと危ない。前に彼女の前でこれをした時、「はしたないから止めろ」とお咎めを食らったんだった。まあ、これも旅の良き思い出だが。
果たして君はあの時の何気ない会話を憶えているのだろうか。チラリと隣を盗み見ると、又もや彼女はチェリー片手に固まっている。そんなに見つめて一体何が面白いというのだろう。

「食べないのかい?」

「…折角二粒で一つとして繋がれてきたのに、
 最後はこうして引き裂かれて離れ離れになってしまうなんて、残酷ね」

「…………。」

何故彼女がこの赤い実が数奇な運命の下にあると嘆いたのか。これが答えであると気付いたのは、それから少し後のことだった。
しかし、やけに哀愁めいたことを言うのだなと思いきや、次の瞬間には何食わぬ顔で一粒となったそれをパクリと口に含むのだから、やはり彼女が一体何を考えているのか僕にはよく分からない。

「残酷か…僕はそうは思わないけど」

顎に手を当て少し考えてみたけれど、意外にも出てきたのは彼女の意見を否定するものだった。すると、今度は彼女が「どうして?」と此方に向けて小首を傾げる番となる。
そんな不意を突き、彼女の唇を頂くのは実に容易いことだった。
正直、拒まれるんじゃないかという一抹の不安はあった。それこそ、強烈な右ストレートを食わされてもおかしくないだろうと。
しかし、意外にも彼女が無抵抗であったのをいいことに舌を割り込ませると、口内に広がる果物特有の甘酸っぱい味を占める。そして、彼女の舌の上で踊るチェリーを絡め取ると、今度はそれを自分の口内へと攫った。

「こうすれば、離れ離れにはなったとは言わないだろう?」

「…器用なことするのね」

冷静を装いつつもチェリーのように頬を赤く染める彼女は、照れ隠しからか、それまで全く手をつけようともしなかったというのに、ここにきて急に真面目に教科書と向き合い始めた。

やれやれ…どうやらこれで、僕たちも離れ離れにならずに済みそうだ。

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巧みにレロレロするほど舌の動きが繊細な典くんは絶対にキスうまいと思う
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