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【花京院】猫に青春 2

「お、波野教授は今日もお嬢さんのお手製弁当ですか」

羨ましいですねぇ~、私の妻なんて…と続ける後輩は一度語り始めると止まらないことは周知の事実だ。

「愛妻弁当を持参していないのなら尚更、早くランチに出かけた方がいいんじゃない?」

こういう場合は早めの対処に限る。
愛用の腕時計の文字盤を指で示す教授はなかなか彼の扱いを心得ていると窺えた。

「おっと、急がないと午後の学会に遅れちまう。
 では教授、また研究のことで行き詰ったら相談に乗ってくださいね」

そうして彼は愛想の良い笑顔を残して"波野"とネームプレートが掲げられた研究室を後にしたのだった。

これでやっと落ち着いて昼飯にありつける、と一息吐いた部屋の主は、先ほど後輩の目に留まった小花柄のランチバックに早速手を伸ばし、自慢の娘、もとい朱亜の愛情が詰まっているであろうランチボックスを取り出した。
いい歳をした中年親父が持つには似つかわしくないランチバッグではあるが、毎日の楽しみの一環となっている愛娘お手製の弁当を食す手前、そんなことはどうでもよい。

整理整頓を得意としない彼は、デスクの上を占領する研究資料の数々を片手間仕事に隅へと追いやると、かろうじて作られた狭いスペースにランチボックスを落ち着かせ、颯爽とその蓋を開放する。さすれば、目に飛び込んでくるのは出番が来るのを待っていたと言わんばかりに敷き詰められた美味しそうなおかずたち。
しかし、それらを前に、

「(なんだか今日はやけに豪勢だな…)」

と、彼は些か奇怪に小首を傾げるのであった。
はて、今日は何か特別な日だったろうか?
壁に掛けられたカレンダーを確認するも、今日の日付のマスに明記されているのは数字のみなのだから、うーむ…と唸る他ない。
しかし、朱亜が何故普段以上に手の込んだ弁当を作ったのか父がわからないのも当然のこと。なぜなら、その理由は彼の目の行き届かないところに在ったからだ。

拍手[4回]

****

事の発端はつい昨日に遡る。

互いに初めて言葉を交わしたあの日以来、朱亜と花京院の二人は例の場所で昼休みという束の間の休息を共有することが日課となっていた。
そんなある日、朱亜の口からふと零れ落ちた何気ない一言が始まりとなる。

「花京院くんって、いつもお昼は購買部のパンだよね」

「え?」

彼女の突拍子もない指摘に意表を突かれた花京院は、思わず気の抜けた声を発すると、次いで自分の手にする食べかけのサンドイッチを一瞥し、「そうですね」と何とも在り来たりな返答を述べるのであった。

「育ち盛りの男の子なんだから、しっかり食べないと力付かないわよ?」

そう諭す朱亜に、貴女を片手で軽々抱き上げるくらいの力はありますが、と思ったが、それを口にするのは彼女の心配を無碍にする行為に準ずると判断し、彼は素直に忠告を受け入れるに留まった。

「そういえば、朱亜さんは毎日お弁当を持参していますね。
 いつも栄養バランスが考えられている上に彩も豊かで、とても美味しそうだ。
 もしかして朱亜さんがお作りに?」

「うん、私の家、小さい頃にお母さんが病気で亡くなって以来ずっと父子家庭でね。
 お父さんは大学で光学を教えているんだけど、研究やら論文の執筆やらで何かと忙しいから、
 家事はなるべく私が手伝うようにしてるんだ。だから、お弁当も毎日自分で作ってるの」

「そうだったんですか…。なんだか踏み入るようなことを聞いてしまってすいません」

「いいの、別に気にしてないから」

言いながら寄り添うジジの頭を撫でてやる朱亜の横顔は決して無理に気丈を装っているようなものではなかった。しかし、彼女がそのような強さを手に入れるまでに幾重もの苦難と葛藤があったであろう。
そんなひた向きな彼女に対し、花京院は敬愛の念と同時に、守ってあげたいという思いが胸の内に沸々と湧き上がるのを感じた。

朱亜さん、」

「花京院くんは好き嫌いってある?」

「え?」

しかし、思わず口をついて出そうになった二文字をすんでのところで遮られてしまった挙句、彼女からの質問に肩透かしを食らった花京院は、本日二度目ともなる緊張感のない声を晒すハメに。危うく手に持つサンドイッチを落としそうになったが、朱亜の視線は未だジジに向けられたままだったため、幸いにも動揺を悟られはせずに済んだが。

「いえ…何でも好んで食べますが、強いて言うならチェリーが好物ですね」

「そっか………………あ、あのさ」

「はい?」

………………………………。

長い静寂が二人の空間を満たしきっても尚、なかなか先を紡がない朱亜
ひょっとして此方から何か喋った方が良いのだろうか。
そう見兼ねた花京院は口を開きかけたが、刹那、遠慮がちに沈黙を破った彼女の次に呈した科白は何とも言い知れぬ高揚感を彼の胸にもたらした。

「よ、良かったら、お弁当…花京院くんの分も作ろうか…?」

「えっ!?」

嬉しさと驚きで思わず勢い余って朱亜へと振り向く花京院。
相変わらず彼女の視線は愛猫へと落とされていたが、心なしか俯く横顔は薄ら朱に染まっているようであった。

****

そんな甘酸っぱい青春の一ページを飾る遣り取りが先日の内に行われていたなど知る由もない父は一人、研究室にて弁当を前に神妙な面持ちを浮かべるのみ。

一方、時を同じくしてとある学校のとある屋外では、今日も今日とて青春の一ページの続きが繰り広げられていたのであった。

「ど、どうかな…?」

「美味しい…!」

卵焼きを頬張った花京院のその一言に朱亜はホッと胸を撫で下ろす。
実際、彼好みの味付けが分からず不安な部分はあったが、次々におかずへと箸を動かして笑顔を浮かべる彼を見れば、そんな不安ももう不要のようだ。

「ニャー」

「おや、ジジも欲しいみたいですね」

「君の分はこっちだよ」

弁当を覗き込むジジに朱亜が差し出したのは、いつものドライフードではなく、茹で野菜を混ぜ合わせた手作りのハンバーグだ。

「猫用に味付けしたものですね」

「人間と同じものは動物の体に合わないからね。本にあったレシピで作ってみたの」
 

最初は物珍しそうに顔を近付け鼻をクンクンさせていたジジだったが、その内、口にしても害はないと判断したのか徐に一口齧ると続けてニ、三口とペースを上げて食べ進めた。

「良かった、気に入ってくれたみたい!」

そうやって顔を綻ばせる様はまるで子供の成長に一喜一憂する母親のようである。そんな彼女を傍らで見ていた花京院の口からは思わずクスッと笑みが零れるのであった。

「……?私の顔に何かついてる?」

「ええ、…睫毛に猫の毛が」

「え、うそ」

取ってあげますよ、と手を伸ばし、反射的に閉じられた目を縁取る長いまつ毛に優しく触れるや、彼は彼女の無防備な唇を奪うのだった。
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