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【花京院】猫に青春 1

「じゃあ波野、40ページから読んで」

「え?」

不意を狙った教師のご指名により、それまで他所を向いていた朱亜の意識は一気に苦手な古文の授業へと引き戻された。
一拍遅れの反応の後に慌てて指定のページをパラパラと捲り、さも真面目な態度を装ってハキハキと文章を読み始める彼女だが、

「猫は非常に繊細な動物であり、ストレスを溜め込む傾向が…あ、れ…?」

これ、教科書じゃない。
と気付いた時には教室中の視線を我が物としていたのであった。当然、黒板の前で仁王立ちをする先生の雷が落とされたのは言うまでもない。

拍手[8回]


****

「あーあ、とんだ恥をかいちゃった」

校舎の壁に背を預け中庭を見下ろす雲ひとつない空に向けて溜息を一つ。すると、それに呼応するかのようにニャー、と小さな鳴き声が返ってきた。

「ふふ、励ましてくれてるの?」

足元に寄り添う相棒を撫でてやると彼は実に気持ちよさそうにゴロゴロ喉を鳴らす。そんな愛らしい姿を見れば、恥をかいたのは半分君のせいでもあるんだけどね、という悪態もどうでもよく思えてくるのだ。
きっとこれが所謂親バカというやつなのだろう。そんな親バカ魂が誘因して授業中に飼育本を熟読していた結果、失態を演じる羽目になってしまったわけであるが。
 しかし、過ぎたことをいつまでも悔やむのは時間の浪費に価するというもの。事実、授業後に先生からこっぴどく絞られたお陰で昼休みも残り時間半分にまで迫っているのだ。

朱亜
は気を取り直して長年愛用している小花柄のランチバックに手を伸ばすと、お弁当箱と共にタッパーウェアを取り出す。そして、蓋を開放し小さな体に見合ったそれを足元に置いてやれば、先刻の可愛らしい声はもしや励ましてくれていたのではなく、早く餌を寄越せと催促していたのかもしれない、と疑念を抱くほどに、彼は中身のドライフードへと一目散に飛びついたのであった。

「やれやれ…」

そうして食い意地を見せつける愛猫を横目に朱亜も漸く昼食にありつく。
しかし、黙々と餌を貪っていた彼が黒い毛並みで覆われた耳をふいにピンと張り、ある一点を見つめだしたのはそれから暫しの間を置いた後のことであった。

「どうしたの?」

固まって動かない相棒の様子に気付いた朱亜が、ビー玉のように輝く金色の瞳が真っ直ぐ見つめる方へと視線を這わせた先、そこには思わぬ来訪者の姿が在るのだった。

「これはこれは、可愛らしい先客が二名もいらしたとは」

目が合うや、そう言って小さく微笑んだ男を朱亜は知っていた。
というのも、彼は転校早々、校内一の不良と揉め事を起こしたことに始まり、その後は行方を晦ませたかと思いきや、約二ヶ月のブランクと致命傷を抱えて学校に舞い戻ってきた奇天烈極まりないクラスメイトだったからだ。
クラスメイトといっても言葉を交わすのはこれが初めてであるが。何故なら、変わり者だという認識が最初こそあったものの、そのミステリアスな雰囲気と甘いマスクが反響を呼び、今ではかの不良に次いで女子生徒からの熱烈な人気を博する彼は、常に黄色い声に囲まれる存在であり、朱亜はいつもそれを遠目に見るだけであったからだ。もっとも、女の子を侍らせていい気になっているような人とは、そもそも関わりたくないという気持ちあってのことだが。
しかし、彼が一人で昼休みを過ごすとは珍しい。いつもの取り巻きはどうしたのだろうか。

「ここは静かでいいですね。身を隠すには打ってつけですし。ゆっくり食事ができそうだ」

身を隠す…この言葉で払拭された疑問を解すれば、どうやら彼は取り巻きから逃れてきたらしい。人気者も大変だなぁ、と他人事さながらぼんやり感想を抱く朱亜は、彼に対する苦手意識は単なる偏見から来るものだったと知り、その胸にほんの少しの親近感が芽生えた。

「あの、ご一緒していいですか?波野さんと…其方のお友達が宜しければ、ですが」

花京院が手を向けて指し示すお友達とやらに朱亜が視線をくれれば、もう警戒を解いたのか、当の本人は呑気に毛繕い中。つくづく猫というのは気ままな生物である。
誘いを受けても構わないということなのだろう、と半ば勝手な解釈の末に肯定の返事を返した朱亜の隣へと花京院が腰を落ち着かせても、そのマイペースさが崩れることはなかった。それどころか、彼の手中にあるサンドイッチが気になるのか、彼の膝に身を乗り出すという、さり気無いスキンシップまで取るのであった。
これが人を恐れない野良猫の性なのか、それとも、変わり者のレッテルを一度は貼られるほど独特な雰囲気を有する彼が、猫にとっては親しみやすい存在だからなのかは判断し兼ねないが、互いに相性がいいことには変わりないみたいである。
花京院に喉元を撫でられ気持ち良さそうに目を細めて応じる様を見れば、そう解釈するほかないだろう。

「カワイイなぁ。名前はなんていうんだい?」

「その子、名前ないんだ。野良猫なの」

「てっきり波野さんの猫かと…。飼い猫にしないので?」

「家のお父さん、動物アレルギーだから飼いたくても飼えないのよ。
 だから中庭で飼ってるんだけど、早くちゃんとした飼い主を見つけてあげなきゃ。
 でも、これがなかなか探すのに一苦労で…。あ、そうだ、花京院くんのお家はどう?」

突発的すぎる話であることは重々承知していたが、こればかりは手当たり次第に声をかけるしかないのだ。しかし、答えはやはりノー。なんでも、彼の両親共に動物嫌いなんだとか。
あっさりと望みを断ち切られ意気消沈するも、励ますように花京院の手が朱亜の肩にポンと添えられた。

「大丈夫、いずれきっと良い引き取り手が見つかりますよ。
 そうだ、僕にも是非協力させてください」

なんと。
今日まで話したことのない相手だというのに快く協力を申し出てくれるとは。この人、本当はとんでもなくいい人なのではないだろうか。今まで変人だとか女たらしだとか散々偏見の目で見ていたことを朱亜は心から申し訳ないと思った。

「花京院くん…ごめ…あ、いや、ありがとう」

「礼を言われるまでもないですよ。
 僕が波野さんの力になりたくて勝手にやってるだけなんですから」

嗚呼、きっと女の子の大半はこの笑顔にノックアウトされたのだろうな、と朱亜はこれまた他人事のようにしみじみと思う反面、何故か自分の頬に熱が迸り始めていることに気付いてしまった。
気恥ずかしさに堪らず顔を背けたのに「どうかしましたか?」と顔を覗き込んでくる彼は、紳士と云えど乙女心には少々疎いのかもしれない。お陰で顔の熱はヒートアップするわ、心臓は五月蠅いくらいに早鐘を打つわで、まったく平常心は何処へ行ってしまったのやら。
しかし、それも束の間、花京院は「あ、そうそう」と何やら思い出したように手を叩くと、漸く朱亜に向けていた視線を解放し、最早完全に打ち解けたであろう膝の上で寛ぐ愛らしい姿の友を抱き上げた。

「この子、名前を付けてあげませんか?
 例え野良猫でも、今の御主人は波野さんに変わりありませんし」

それに、野良猫に名前を付けてはいけないというルールなんてありませんよ。
と、付け足す彼だが、そんなことは朱亜も知っている。ただ、そうしない理由が他にあったのだ。

「名前を付けてしまったら、もうこの子は自分のものなんだって愛着が染みついて、
 飼い主に引き渡す時に寂しくな…」

「よし、ジジにしよう。
 僕、あの本を読んで以来、黒猫にはこの名前を付けようと決めていたんです」

「ちょっと花京院くん私の話聞いてる?」

よしよし、今日からお前はジジだぞ、と笑顔で猫に語りかける花京院に抗議するも、彼はもう名付け親の称号を手放す気は無いらしい。仕舞には

「授業中に飼育本を読むほどもうこの子に対して思い入れが強いんですから、
 どの道、引き渡す時に寂しくなりますよ」

なんて的を射すぎた指摘を受けたとくれば、悔しくも反論の余地など見当たらないのであった。

「(折角そのこと忘れかけてたのに…)」

自らに起きた悲劇をまたも憐れむ朱亜だったが、"ジジ"という名前が気に入ったのかご機嫌に尻尾を揺らめかす相棒の姿を見れば、まぁ、いいか…と素直に腑落ちしたようで、溜息混じりに小さく笑みを零すと、漸く食べかけの弁当へと箸を進めた。
しかし、花京院にとって話はまだ終わっていないらしく、彼は未だサンドイッチに手をつけなかった。

波野さん、もう一つ提案があるのですが」

「ま、まだ何か…?」

「あなたのことも朱亜さん、とお名前で呼んでも宜しいですか?」

「…………。」

「駄目、かな?」

「あ、いや、構わないんだけど、私の名前を知ってたなんて意外だったから
 ちょっと吃驚しちゃって…」

だって、花京院くんって何処と無く他人に興味なさそうだし、と思わず零れ出た本音に朱亜はしまった、と慌てて自分の口を手で塞いだ。

「ごめん、つい…」

「いいんですよ、強ち間違いではありませんし」

気を損ねずやんわり肯定する彼はしかし一寸、視線をジジへと落としたかと思いきや、すぐに此方へと向き直って「でも、」と付け足した。
 

「授業中に教科書を間違えるおっちょこちょいの誰かさんのことは興味深いと感じましたよ。
 だから先生に指名されたあの時、貴女の名前を憶えておいたんです」
 

そう悪戯っぽく笑ってみせる彼の、教室では決して見せないその表情にまたもや朱亜は人知れず胸の高鳴りを感じていた。またもや自分の粗相を掘り起こされたことへの恥ずかしさも相俟って実に複雑な心境ではあるが。
それでも、様々な感情が入り混じる胸の中心には、彼の気を惹きつけていたという事実に単純にも舞い上がる気持ちが確かに顕在していた。

ときに…

あれ、そういえば私、先生に当てられた時名前で呼ばれたっけ?と、朱亜が気付いたのは、彼の言葉をふと思い返した夕刻の帰り道でのことであった。

****

(本当は以前からから気になっていたんです、とは流石に言えないな)
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