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【ルッチ】sepia 2

「お早う御座います、アイスバーグさん。
 本日のスケジュールですが、九時からコツォレール美術館の開館記念セレモニーへの出席、
 その後ワイン工場の視察、続けて幹部との会食、
 終わりましたらサン・ファルドの市長との会談、その後、レオニー広場での講演会、
 最後に本社にて書類に少々お目通しをお願い致します」

「い や だ !!!」

「では、全てキャンセル致します」

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こんなやり取りも五年という月日が経った今では最早日常の風景と化していたのは言うまでもない。手帳に書かれた予定の上に二重線を引き、新たに予定を調節するカリファも手慣れたものであった。
しかしこの光景も時機、泡のように消える。この手帳に書きこんである一カ月、二カ月先の予定に自分の姿はもう居ないだろう。名残り惜しいと思うのが本音ではあるが、彼女の任務に対する忠実な意志が揺らぐことはなかった。その強さは幾度となく積み重ねてきた経験の賜物とも言えるのかもしれない。

「アイスバーグさん、実はシュアから託って参りました」

手帳を閉じたカリファが差し出したのは一通の封筒。
コーヒーカップ片手にのびのびと欠伸をしていたアイスバーグはカップをソーサーに置くと早速開封する。

「ンマー……急だな」

封筒の中に入っていた三つ折りの用紙を開くと目に飛び込んできたのは"休職願"の文字であった。暫しの間それを眺めていたアイスバーグだったが、しかし、次には深い溜息と共に何やら難しい表情を浮かべる。

「どうかなさいましたか?」

「……心配だ」

「と、言いますと?」

シュアの奴、近頃様子が少しおかしくてな。
 朝は一番に来なくなったし、偶に見かけて声をかけりゃ素っ気ねェし、それに…」

触れようとしたら思い切り撥ねつけられた。ということは「セクハラです」が決まり文句の彼女の前では胸の内に留めておくことにした。

「反抗期…か…?」

「分かり兼ねます」

「もし反抗期や…百歩譲って、出遅れた思春期ならまだいい」

「はぁ…。(出遅れた思春期……?)」

「だがアイツ、時折酷く思い詰めた顔をすることがあってよ…。だから、余計に心配なんだ」

「……アイスバーグさんはよく彼女のことを見ていらっしゃるのですね」

カップにコーヒーを継ぎ足すカリファの手際を見つめるアイスバーグの表情がその言葉をきっかけに僅かに緩む。

「カリファ、覚えているか?入社したての頃のアイツを」

「あまり印象には…」

「あの時のアイツは、どこか殺伐とした瞳をしていてよ。
 まるで何の感情も持たねェ人形のようだった。
 だが、船大工の仲間たちと苦楽を共にする内にアイツの瞳は徐々に光が宿っていって
 今じゃあ見違える程に人間らしくなった。
 そんな彼女の成長を見守っている内に親心にも似たような気持ちが芽生えてよ。
 だからアイツは俺にとって娘みてェなモンだ」

「…そうですか…」

確かにこの町に来てシュアは変わった。エニエス・ロビーに居た頃の彼女は声をあげて笑うこともなかったし、昨日のように取り乱すこともなかった。そして、誰かを好きになることも…。
彼女はこの町で多くの"初めて"を経験したのだ。アイスバーグの父親のような寛大な優しさに出会ったのも、幼い頃から身寄りの居なかった彼女にとって初めてのことであっただろう。
カリファはシュアがアイスバーグに心を開いた理由が理解できた気がした。

「ンマー、"退職届"じゃなくてよかったよ」

退職されちまったらアイツを救えねェままお別れになっちまうからな、と言いながらカップに口を付ける男にカリファはただ微笑を返すだけで何も返答できないでいた。
何故なら、もうこの場にシュアが戻ってこないことを彼女は知っていたからであった。

****

「なぁ、さっき偶然小耳に挟んだんだけどよ、シュアの奴、暫く仕事休むらしいぜ」

「まさか産休?」

「ハハ、そりゃいくらなんでも早ェよ」

「産休って…おい、相手は誰なんだ?」

「ルッチさんだよ。なんだ、お前あの噂聞いてねェのか?
 なんでも医務室で愛し合ってたところをこっそり見た奴がいるとか…」

「職場でだなんてルッチさんも大胆だよなぁ。
 でもあの二人、なかなかお似合…ドゴォッッ!!!

「「「「!?!?」」」」

輪になって雑談に花を咲かせていた男たちは突然の轟音に話を中断し揃って音のした方向を見遣るが、次の瞬間、彼らの顔から急速に血の気が引いていくのであった。

「…テメェら、金輪際その話を口にするんじゃねェ…!」

男たちが視線を向けた先にあったのは倉庫の壁を殴りつけ此方を睥睨するパウリーの姿。頑丈な筈のコンクリート造りの壁は派手に陥没し、粉砕した屑がパラパラと音を立てて剥がれ落ちた。

「ひっ…パ、パウリーさん…?」

「何でパウリーさんがそんなに怒る必要が…?」

「うるせェ!シュアの気持ちも何も知らねェ癖に勝手なことベラベラ喋ってんじゃねェよ!!」

"あの日"をきっかけにシュアとルッチの噂は瞬く間に広がりを見せ、今では会社中その話題でもちきりとなっていた。しかし、聞くともなしに耳に届くそれはパウリーにとっては遥かに信じ難く、同時にルッチに対する憤りの念が胸に募るのであった。

「(シュアが好き好んでルッチとそんなハレンチなことするわけねェ…!
 だってアイツが好きなのは…)」

パウリーの頭の中に鮮明に蘇るのはいつもはにかみながらアイスバーグのことを語るシュアの姿。そんな彼女をずっと傍らで見てきたパウリーは彼女がどれほどアイスバーグを恋い慕っていたか嫌と言うほど感じてきたのだ。

「(それなのに…こんな仕打ち、あんまりだろっ…)」

残酷な現実にやり切れない気持ちでいっぱいになるも彼女のために何をしてやれるかも分からずパウリーはただ舌打ちをするだけであった。その時

『…………。』

「あ…ルッチさん…」

タイミング悪くもその場に居合わせてしまったのは噂の張本人であるシルクハットの男。その姿は肩に乗る相棒が『クルッポー』と喉の奥で鳴くだけであり、肝心のルッチはただ黙ってパウリーを見据えていた。

「ルッチ……丁度いい。この際ハッキリ言わせてもらう」

パウリーがズカズカとルッチに歩み寄り乱暴に彼の胸倉を掴む。ハットリはすかさず険悪な空気を漂わせる二人から距離を取った。

「何でシュアにあんなふざけたマネしやがった…?」

『ふざけたマネとは?』

「しらばっくれんじゃねェよ!
 シュアが怪我を負って動けねェのをいいことに
 医務室でアイツのこと無理矢理襲っただろうが!!」

『ポッポー、あれは合意の上でのことだ』

「そんなわけあるかよ!アイツはアイスバーグさんのことが好きだったんだぞ!?」

『…どうせ報われない想いだ、クルッポー』

「だったら他人のお前がアイツの気持ちを踏み躙っていいのかよ!?」

『パウリーこそ、他人のお前が何故そんなにムキになる?
 ああ…もしかして、アイスバーグさんしか見えていないだろうと彼女のことを諦めていたのに
 突然俺に横取りされて僻んでいるのか?』

「なんだと…!?」

『パウリーにとっては残念だろうが、結果的に彼女は俺を選んだ。
 アイスバーグさんに抱いていた気持ちなんて所詮その程度だったってことだろう』

「テメェ…!」

ルッチの言葉にパウリーの沸々と煮えたぎっていた怒りがついに頂点へと達し、とうとう彼の握られた拳が感情の侭にルッチを襲った。

「テメェにシュアの何がわかるってんだよ!?!?」

倒れ伏すルッチの上に馬乗りになり尚も殴りかかろうとするパウリーをその場にいた船大工たちが必死で制止に入るが、最早平静を失った彼を止めることは容易ではない。しかし、その後すぐに騒ぎを聞いて駆け付けたルルとタイルストンがパウリーを取り押さえたことにより事態はなんとか一時の収束を迎えた。
いつもロープアクションを使う彼がこうして己の拳を仲間にぶつけたのは初めてのことであった。

****

医務室の冷蔵庫から冷湿布を取り出したカリファは手に持ったそれをルッチの赤く腫脹している左頬にそっと張り付ける。

「どうして反撃しなかったの?」

「あのままやり返していればきっと殺していた」

そう呟くルッチの瞳は確かに殺気立っており、この男も心中ではパウリー同様、平穏ではないようであった。
殺伐兵器という異名を博した彼がたった一人の女を巡ってこうも気持ちを翻弄されるとは…。
カリファは男の意外な一面に漠然と驚きを抱きながら手当てを施していたが、それまで窓の外に向けられていた彼の視線が不意に自分を捉え、その鋭い眼差しに思わず擦り切れた傷口を消毒する手が止まる。それは蛇に睨まれた蛙にも似ていた。

「それより、昨日シュアに会ったのか?」

途端、カリファの表情に陰りが差す。

「ええ…。言われた通りのことは伝えてきたわ。後はあの子次第というところよ」

「そうか、ご苦労だった。なに、そう気に病むことはない。
 シュアを守りたいという気持ちに偽りはないのだろう?」

「それはそうだけど…」

ルッチは目的の為なら仲間をも利用する。そして彼の思惑に便乗してしまった自分がいることも事実。
"例えどんな手を使ってでも…"
昨夜、シュアに告げた言葉の本当の意味をあの子はきっと気付いていない。優しく受け止める自分の腕の中で震えていたシュアを思い出すと、カリファは罪悪感で胸が押し潰される思いであった。

****

「ンマー、パウリー…何でルッチに手ェあげたりなんかしたんだ?」

「うおおぉぉぉぉ!!!もしかしてアレかぁぁ!?!?
 ルッチとシュアの「ちげェよ!!アイスバーグさんの前で変なこと口にするな!!!」

一方、社長室ではゼエゼエと大きく肩で息をしてなんとかタイルストンの発言を阻止するパウリーの姿があった。
噂がアイスバーグの耳に入れば完全にシュアの立つ瀬はなくなる。故にパウリーは断固として事の次第を語らずにいた。

「ンマー、言いたくねェなら無理に吐けとは言わねェが、
 上に立つ立場のお前たちがそんな調子だと
 着いて行く他の船大工たちに示しがつかねェだろう。
 船造りに関しても造り手の気持ちがバラバラだと良いものなんて出来やしねェ。
 それはお前も分かっている筈だ」

「はい……」

「……今日はもう帰っていい。じっくりと頭を冷やせ。ルッチにも俺から言っておく。
 それから…」

悩みがあるならいつでも相談に乗る。そう言う彼はやはり社員思いの良き上司であった。
しかし、こればっかりは彼に相談するわけにもいかない。パウリーは「ありがとうございます」と恭しく礼をしてアイスバーグのその気持ちだけ受け取ると、うな垂れる様にして部屋を後にした。
パウリーと、パウリーを元気付けようと陽気に声をかけて彼の後を追うタイルストンを見送ったアイスバーグは、一人になった部屋の天井を仰ぐと、ふぅ……と深い息を吐く。

「(シュアの事といい、アイツらの事といい…なんだか雲行きが怪しいな…)」

社内に漂う不穏な空気は男の胸に一抹の不安を煽るのであった。
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