忍者ブログ

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

【ルッチ】sepia 1 (既成事実の続編です)

シュア

自身の名を呼ぶその声は、愛しくて仕方ない筈なのに、シュアは体内にある全ての臓器が一斉に宙に浮いたような厭な感覚に陥った。

拍手[0回]

それでもなんとか動揺を悟られないよう精一杯の笑顔を偽り、彼女は鼓膜を震わせた声の主に振り返る。

「…アイスバーグさん!何か御用ですか?」

「いや、偶々見かけたから声をかけただけだ。今日はもう帰るのか?」

「はい。あ、別に定時きっかりに帰りたいからって仕事の手を抜いたわけじゃありませんので
 御安心ください!」

「ンマー、オメェがそんなことをしねェってことぐらい分かっているさ」

柔らかな笑みを向ける男に、シュアは忙しない身振りの動作を放り投げて思わず心を奪われてしまうが、すぐにその瞳は傾いた夕陽が地面に映す黒い影へと落ちる。

「あ…では、私はこれで」

軽く一礼をして聳え立つ本社の屋敷ともどもアイスバーグにそそくさと背を向けようとしたシュアだが

「何かあったか?」

その言葉に思わず足を止めてしまうのだった。

「え……」

取り繕った笑顔もこの人の前では何の意味も成さないのだろうか。
真っ直ぐと此方を見つめる瞳に何もかも見透かされそうでシュアは少し怖くなった。けれども合わせた視線を逸らすこともできないでいる。そういえば、彼とこうしてまともに目を合わすのは"あの出来事"が起こった日以来だ。

「ンマー、俺の思い過ごしならいいんだが近頃おめェ、元気がないんじゃねェかと思ってな」

「………。」

手に浮き出る汗をさり気なくシャツの裾で拭い、尚も動揺を見せまいとする頑なな意思とは裏腹に、男の優しさを前にしていっそのこと何もかも曝け出してしまいたいという衝動が彼女の中に生まれる。
本当は自分は政府の人間であること、アイスバーグに想い焦がれていること、ルッチに抱かれたこと…。
敵対する立場でありながら彼の寛容さに甘えようとする自分の浅ましさに嫌気が差すも男を見つめ返すシュアの瞳は大きく揺らいでしまっていた。

「(全てを打ち明けたら、あなたはどんな顔をするだろう…)」

シュア
は思わず息を呑む。

「あ、の…………」

酷く怯えた面持ちで言葉を振り絞るシュアにアイスバーグもただ事ではないと見兼ね、彼女を落ち着かせようと小さく震える肩にそっと手を伸ばしたが

「いやっ…!」

その手は瞬時に弾かれてしまうのであった。

シュア…?」

「あっ……す、すいません……!
 えっと…アイスバーグさんの心配には及びませんのでき、気にしないでください!
 ……本当にごめんなさいっ」

そう吐き捨てるように告げ走り去ってしまう後ろ姿をアイスバーグはただ呆然と目で追うことしかできなかった。

****

ノズルから勢いよく吹き出る水が絶え間なくシュアの身体を打ち続ける。
もうどれ程の時間こうしているだろう…。"あの出来事"以来、シュアは暇さえあればこうして浴室に籠っていた。流れる水が旋毛から髪の毛の先、首筋、胸、腰、臀部を伝い、まるでルッチの触れた跡を洗い流してくれるみたいだった。
でも、そんなのは所詮気休めに過ぎない。皮が剥けるほどスポンジで強く体を擦ったり何度も何度も性器を漱ぐ行為を繰り返すけれど、それでもあの男の唾液が、汗が、精液が細胞に染み込んでいる気がしてならなかった。

「(私は汚れてしまった…)」

今まで多くの命を殺めては返り血を浴び、他人を利用しては裏切り、必要であらば心を許してもいない男に身を委ねることだって平気でしてきたというのに、たった一人の男に抱かれただけで今更こんなことを思うなんて可笑しいだろうか。

「(アイスバーグさんに嫌われたかもしれないな…)」

手を弾き、露骨に拒絶を示してしまった時の彼の表情を思い返すと胸が軋んだ。

「(仕方ないよね…。私は…あの人に触れる資格なんてない…)」

閉じた瞼から音も無く零れた想いの雫はノズルから吐き出される無情な水と溶け合って排水溝へと流れ去った。

****

「随分長い入浴だったわね」

「…………。」

オープンカウンターのチェアに腰を据え、浴室から出たシュアを迎えたのはガレーラの美人秘書であった。

「勝手にお邪魔してごめんなさい。呼び鈴を鳴らして応答が無かったから
 帰ろうと思ったのだけれど鍵がかかっていなかったので、つい」

「そう…」

これがルッチならば鍵をかけずに風呂に入るとはどういう料簡だ。何者かに潜入されて素性が知れたらどうする、バカヤロウ。などと辟易されていただろう。
共に過ごした年月がそうさせるとはいえ、忌々しい男を容易に頭に浮かべてしまう自分に苛立ちを覚えたシュアはそんな心情を鎮めるように冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターを一気に喉へと流し込んだ。

「…で、何か用事でも?」

「ええ」

素っ気ないシュアの態度に気を悪くするでもなくカリファはニッコリと微笑むと、持参した紙袋からとても彼女には似つかわしくない渋い藤色の風呂敷包みを取り出し、それをドンッと豪快にカウンターテーブルに置く。

「…何それ?」

「ふふ…開けてみて?」

「…………。」

言われるがままに包みを広げると中から姿を現したのは

「…重箱…」

「ブルーノがシュアの為にお弁当を作ってくれたのよ。どうせ何も食べてないんでしょ?」

「いいよ…食欲ないし…」

「ダメよ、ちゃんと食べなきゃ。美容にも悪いんだから。ほら、一緒に食べましょう?」

謙遜するシュアに構わず重箱の蓋を開けて一段一段テーブルに並べるカリファ。しかし、そんな彼女を前にシュアの抱いていた居た堪れない気持ちがついに爆発してしまうのであった。

「どうしてそんなに優しくするの!?本当は私のこと鬱陶しいって思ってるくせに!」

アイスバーグの命を危険に晒す彼らはシュアにとって最早敵も同然であった。彼らからしても自分は任務を放棄しようとした裏切り者。互いにもう仲間として歩み寄ることなどできないと承知している筈だ。それなのに、そんなに優しくされたら

「(甘えたくなっちゃうじゃない……)」

アイスバーグの時と同様、己の浅ましさに酷くウンザリする。もう誰を頼ればいいのか、どうすればいいのか分からない。孤独、罪悪感、迷い、不安。いろんな感情が頭の中をひしめき合って混乱してしまったシュアはとうとうその場に泣き崩れてしまった。
しかし、カリファはそんな彼女の傍らに静かに寄り添うと小刻みに震える肩をそっと抱き寄せた。

「鬱陶しいなんてそんなことないわ。ただ…心配しているの。
 あなた、このままだと自分の命も平気で投げ出しそうで…」

「私の命なんてどうだっていいよ…!
 私、アイスバーグさんを守るためなら死んだって構わない…!!
 皆と戦う覚悟だってできてる!
 それなのに…何でルッチはそれすらも許してくれないの…!?」

シュアがアイスバーグさんを守りたいと思うように
 ルッチもあなたを守りたいと思っているわ。例えどんな手を使ってでも…。
 彼のやり方は確かに許し難いものだけれど…それほどルッチはあなたのことが大切なのよ。
 これだけは分かってあげて?」

「…………。」

押し黙るシュアの髪を梳きながらカリファは説き伏せるように続ける。

「ルッチだけじゃないわ、私もあなたのことを大事に思っているの。
 だってあなたは一つのチームとしてこれまでずっと共に頑張ってきた
 かけがえのない仲間だもの」

「…………。」

シュア、あなたがアイスバーグさんを守りたいという気持ちに従うなら、
 それはそれで構わないと私は思うわ。
 だけど…だからといって簡単に命を投げ捨てるようなことはしないと約束して?」

「…………。」

「あなたには生きていて欲しいの」

「…………。」

ずっと口を固く結び続けていたシュアが最後に小さく頷いたのを確認すると、カリファはそんな彼女の額に優しくキスを落とした。
PR

プロフィール

HN:
新堂モラトリアム
性別:
女性
自己紹介:
当サイトは個人ファンサイトであり原作者様・出版社様・公式関係者様とは一切関係がありません。また著作権侵害を目的としたものではありません。公共PCからの閲覧、オンラインブックマーク、公式サイトとの同窓閲覧、中傷、荒らし、サイト内の文章や画像の無断転載や模倣等はご遠慮ください。閲覧は全て自己責任となりますので苦情は一切受け付けません。マナーを守って楽しめる方のみどうぞ。

NAME CHANGE

ブログ内検索

ご意見があればお気軽にどうぞ